仕事机に向かうときに集中力を上昇させるには…?仕事脳が育つ脳科学講座
6月12日に公開した記事「直感的行動は利他的、論理的行動は利己的!? 仕事の効率がちょっぴり高まる脳の仕組み」に引き続き、ビジネスにも役立つ脳科学の知識を紹介していきます。2015年4月21日号の『週刊エコノミスト』に掲載された脳科学者、池谷裕二氏のコラムによると、米国プリンストン大学のターク=ブラウン博士らは、集中力を鍛える方法について研究、実験を重ねているのだそうです。
今回は、池谷氏のコラムに掲載されたブラウン博士らの最新の実験報告を見ていきましょう。
■集中力は“より求められる状況”で鍛えられる
1つ目は、「低頻度に出現する事象を検出する能力」で、「注意力」を測定する実験です。
例えば、被験者に風景や動物の写真が次々と出てくる画面を眺めてもらい、風景が出たらボタンを押し、動物だったら押さないという作業をしてもらいます。動物を風景の10分の1の出現率に設定すると、動物が出たときにも、ついボタンを押してしまいがちです。このミスの回数を測定することで、その人の集中力が分かります。
ブラウン博士らは、脳活動から集中力の状態を割り出し、集中力が落ちてきたら識別の難しい写真を出して課題の難易度を高め、逆に、集中力が高まったら課題の難易度を下げてみました。こうしたトレーニングをしばらく続けると、集中力をうまく保てるようになったというのです。
池谷氏は、「集中力が切れてきたら、普通の発想ならば、集中力を要しないより簡単な課題へ切り替えて対処するだろう。ところが博士らは逆に難しい問題を与えた。あえて集中力を要求することで、集中力の再活性化に成功したのだ」と、評しています。
集中力は個人差が大きく、長時間にわたって注意を維持できる人もいれば、すぐに注意散漫になってしまう人もいます。しかし、集中する能力は生まれつきですべて決まるのではなく、鍛えることが出来ると判明したのです。
あなたも、集中力が切れかかってきたときに休みを取るのではなく、より集中力を必要とする作業に取り組むことで、集中力が鍛えられるかもしれません。
■脳は苦労して得た報酬に価値を見出す
2つ目は、「コントラフリーローディング効果」の実験です。
ネズミを、皿に餌を入れていつでも食べられる状態から、レバーを押すと餌が出てくる仕掛けに変えると、どう反応すると思いますか?
結果は、ネズミはすぐにその仕掛けを学習し、上手にレバーを押すようになるのだそうです。
では、レバーを押して餌がもらえることを学習したネズミに、皿に入った餌とレバーを押すと出てくる餌の両方を与えると、どう反応すると思いますか?
結果は、レバーを押して餌をもらう方を選ぶ率が、圧倒的に高いそうです。
池谷氏によると、この行動は「苦労せずに得られる皿の上の餌よりも、タスクを通じて得る餌のほうが価値が高い」という判断の表れであり、「イヌ、サルはもちろん、鳥類や魚類に至るまで、動物界に普遍的に見られる現象」だと言います。これが、「コントラフリーローディング効果」です。
先のネズミの実験と同じことを人で試すと、就学前の幼児はほぼ100%の確率でレバーを押します。しかし、レバーを押す確率は成長とともに減っていき、大学生で選択率は五分五分となるのだそうです。効率を重視するようになるものの、完全に利益だけを追求することはないのです。
2015年3月27日号の『週刊朝日』に掲載された池谷氏のコラムでは、人に見られる「コントラフリーローディング効果」について、次のような別の事例を挙げています。
ある団体に所属するときに、希望すれば誰でも入会できる場合と、試練を経ないと入会できない場合とでは、たとえ根拠のない儀式であっても、何らかの試練を経て入会できる場合の方が、入会後にその団体への所属意識や愛着が強いということがわかったそうです。茶道における一見無意味とも捉われかねないような複雑な所作も、その複雑さ故に人間の脳が「ありがたみ」を感じていると言えます。
これらのことから、私たちの脳は、何もせずに得た報酬よりも苦労して得た報酬に、より大きな価値を感じることがわかります。人に仕事を依頼するとき、あるいは他の人と共に仕事を遂行するときには「脳が感じる働きがい」を疎かにしてはならないと言えるでしょう。
ちなみに、コントラフリーローディング効果が観察できない唯一の動物が、ネコなのだそうです。
※参照元
『週刊エコノミスト 2015年4月21日号』