大企業、中小企業、ベンチャーetc. 経済小説が教えてくれることとは?
2013年にTVドラマ『半沢直樹』が大ヒットしましたが、その原作者である池井戸潤氏は、銀行員から作家に転身した人物です。『半沢直樹』シリーズなどの作品で描かれた銀行のリアルな姿は、銀行勤務経験者が書いたからこそだったことがわかります。
ちなみに、池井戸潤氏は銀行を退社後、初めから小説を書いていたわけではなく、ビジネス書を書いていました。例えば、1996年、中経出版から『お金を借りる会社の心得 銀行取扱説明書』という本を出しています。
彼の作品がヒットした要因は、リアルな現実が描かれていたからだけではないでしょう。「経済小説」と呼ばれるジャンルの作品が、女性にも幅広く受け入れられるような時代になったことも見過ごしてはなりません。
■経済小説の登場
「経済小説」と呼ばれる作品は昭和30年代前半ころから登場し、高度経済成長期、サラリーマン人口の増加とともに広く読まれるようになっていきました。
そして1990年代まで、経済小説の主流は、企業を舞台にした「企業小説」でした。その時代の社会的関心や実際の事件を題材に、数々のベストセラーが生まれ、映画化された作品も少なくありません。
しかし、この時代、作家も物語の主人公もほとんどは男性であり、読者も中高年の男性が中心で、世代や性別を超えて支持を得たとは言い難かったのです。その結果、女性の支持が欠かせない地上波のテレビドラマに企業小説が“進出”することは稀でした。
■幅広い年齢層に親しまれる作品へ
2000年代に入り、徐々にこの流れが変わってきました。
まず、経済小説の舞台が、それまでの大企業中心から、地方自治体や中小企業、新興企業などにも広がりました。そして、大企業の中の出世レースを軸にした人間模様や群像劇を描く作品だけでなく、主人公個人の活躍を描く作品が増えたのです。
また、女性作家が経済小説を書くようになったり、他のジャンルで活躍していた作家や経営コンサルタントが書くようになりました。
そうした変化を背景に、女性が主人公の作品もめずらしくなくなり、経済小説が男女を問わず、幅広い年齢層の読者を獲得するようになりました。
■現代の経済小説の作品
ここで、最近の経済小説の特色をよく表している作品を挙げてみましょう。
女性の経済小説作家の第一人者、幸田真音氏は、『日本国債(上・下)』(文藝春秋、2000年)でベストセラー作家の仲間入りを果たしたと言ってよいでしょう。
『もし高校野球のマネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社、2009年)を経済小説と呼んでいいのかどうかは意見が割れるところかもしれませんが、この作品を書いた岩崎夏海氏は、『とんねるずのみなさんのおかげです』などのテレビ番組の制作を手がけた放送作家でした。
池井戸潤氏の『下町ロケット』(小学館、2010年)は2011年に直木賞を受賞した作品ですが、苦境にあえぐ町工場を舞台にしています。またハードボイルド作家でもある誉田哲也氏は、女性を主人公に、農村を舞台にした『幸せの条件』(中央公論社、2012年)を書いています。ミステリー作品の多い真保裕一氏は、『ローカル線で行こう』(講談社、2013年)で、31歳の女性社長がローカル線の再建に取り組む姿を描きました。
■経済小説は現代の日本の課題が描かれている
こうした経済小説の“多様化”は、何を物語っているのでしょうか。
『ビジネスパーソンのための「最強の教養書100」』(日本経済新聞出版)に掲載されている東京経済大学学長の堺憲一氏の分析を元に考えると、次のようなことが言えると思います。
まず、その時代の問題意識が経済小説のテーマに取り上げられるという視点に立つと、「地域の活性化」や「農業の再生」など、現代の日本での課題が描かれた小説が登場してきたということです。
また、経済の先行きが見通せない中で、企業には戦略やビジョン、創意工夫が求められています。そうした観点から書かれた作品が増えてきているとも言えます。大きく言えば、時代のニーズを作家が敏感に感じ取って作品化し、世に送り出しているということでしょう。
すなわち、エンターテインメントでありながら、実際の経済・社会の課題に対する理解を深めることができます。さらに、登場人物の活躍が、読者にとって生き方や働き方への気付きになり、課題解決への道筋まで学ぶことができるのです。
経済小説に描かれているのは、感情面も含めたリアルな人々の行動や生き様です。一般的なビジネス書や自己啓発本に書かれた理論やノウハウとは違い、教科書的ではない現実に即したヒントやアイデア、教訓を教えてくれているのです。