歴史から考察する「現場での試行錯誤とそのフィードバック」の重要性
12月24日付の「経営戦略:リーン・スタートアップ」に関する記事では、「最新の経営戦略論を理解することは、イノベーションを生む組織・仕組みを理解することにもつながると言える」と結びました。そして、経営戦略論の変化の歴史を知ることは、最新の経営戦略をより深く理解することにつながります。そこで今回は、経営戦略論の歴史を振り返ってみることにします。
■ポジショニング派、ケイパビリティ派を経て、試行錯誤型へ
全世界で12ヶ国、60万人以上が読んでいるとされるグローバル・マネジメント誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」の読者が選ぶベスト経営書2013で第1位を受賞した『経営戦略全史』(三谷宏治・著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)によると、「この数十年間の経営戦略史を最も簡潔に語れば、『60年代に始まったポジショニング派が80年代までは圧倒的で、それ以降はケイパビリティ(組織・人・プロセスetc.)派が優勢』」となるのだそうです。
ポジショニング派は「経営戦略とは『儲かりうる市場』を選んで、そこで『儲かる位置取り』をすること(ポジショニング)。組織や人はそれに合わせて強化すべき」と、主張していました。
しかしゼロックスやGMといったアメリカ企業が築いた市場が、キヤノンやトヨタ、ホンダといった日本企業に侵食されると、儲かる位置の優位性は長く続くわけではないことに各企業が気づきはじめます。そこで出てきたのが、「自分の企業能力(ケイパビリティ)上の強みによりどころを定めて経営戦略を作るべきだ」というケイパビリティ派の考え方でした。
1990年代後半に入ると経済・経営環境の変化、技術進化のスピードは劇的に上がり、今までのポジショニングもケイパビリティも、あっという間に陳腐化する時代になってしまいました。ITやハイテクの加速度的進歩がイノベーションの重要性を急速に高め、経営戦略論も「どうすればイノベーションを起こせるのか」を大きなテーマとして扱うようになっていきます。
こうした問題意識が深まったことで、試行錯誤型の経営戦略論が2010年代に入って登場。アマゾン、グーグル、アップル、インディテックス(ZARA)といった先進企業は、自らのイノベーションスタイルを確立し突き進んでいくことになります。その中で明確になったことは「やってみなければわからない」ということ。そして「どうやって上手く、スピーディに試し、そこから素早く学び、修正して方向転換するか」ということでした。
この考え方を体系化したのが、試行錯誤型の経営戦略。「リーン・スタートアップ」も、試行錯誤型の経営戦略のひとつの手法です。
■イラクにおけるアメリカ軍の経営戦略の失敗と成功
今の時代に最も適合した経営戦略が試行錯誤型であるとすれば、次に問題になるのは、それを実行できる組織とはどういう組織なのかということ。
この点でヒントとなるのが、イギリスの経済学者・ジャーナリスト、ティム・ハーフォードが著書『アダプト思考』の中でおこなった現代戦におけるアメリカ軍の成功と失敗の分析です。
2001年に国防長官に就任したラムズフェルドは、軍の情報化(指揮・統制・通信・監視・偵察のIT化)と少数精鋭化を推し進めました。その最新鋭かつ理想的な軍事組織は、2003年のイラク戦争初期で勝利を収めたものの、フセイン政権崩壊以降のゲリラやテロに対する市街戦や治安維持では、成果をあげることができませんでした。
これに対してハーフォードは、治安維持失敗の原因は、理想的と考えられた組織そのもの。あらゆる情報を収集して一元的に立案・決定した戦略の下、厳格な指揮命令系統によって統制のとれた組織が現場からのネガティブな情報も異なった意見も、すべて排除してしまったことが失敗の原因だと指摘しています。
2006年のラムズフェルド更迭後は、イラク駐留米軍司令官に就任したデヴィッド・ペトレイアス大将が自らを批判する人々を集め、現場が試行錯誤の後に獲得した成功体験をベースに作戦マニュアルを改訂し、ボトムアップによる組織の変革に着手しました。すると、その半年後くらいからアメリカ軍・イラク民間人の死傷者が劇的に減少していったそうです。実は、ペトレイアスは2003年からイラク北部最大の都市モスルに駐留し、上官の指令も、本国の軍中央の反対も無視して独自の施策を展開し、その治安維持を成功させていた人物でした。
イラクでのアメリカ軍の失敗と成功を通して、ハーフォードは次のような戦略論を展開します。
・一枚岩の理想的な組織こそ失敗しやすい
・複雑で不確実な世界で勝利を収め続けるには、異なる考え方による試行錯誤とボトムアップが重要
・(ボトムアップが正解とは限らないが)現代戦における戦略は、現場での試行錯誤とそのフィードバックによってのみ成立する
これらは現代の戦いに求められる試行錯誤型の経営戦略を実現する組織構築、組織運営のヒントでもあるように思えます。
日本ではよく「風通しの良い組織」という言い方をしますが、ハーフォードによれば、それは「異なる考え方を取り入れることができ、試行錯誤とそのフィードバックが機能している組織」のこと。そのようなことを理解した上で経営戦略を立てられる組織こそが、真の意味でのイノベーションを生むことができる組織なのかもしれません。
※参照
『経営戦略大全』(三谷宏治 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)